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名古屋地方裁判所 平成4年(行ウ)6号 判決

原告

伊藤忠良

被告

愛知県人事委員会

右代表者委員長

高須宏夫

右訴訟代理人弁護士

齋藤勉

右指定代理人

鈴沖勝美

林静生

奥澤治彦

野田茂

奥村洋

主文

一  被告が、平成三年一一月二八日付でした原告の平成三年一〇月一二日付要求にかかる勤務条件に関する措置の要求のうち、愛知県立佐屋高等学校に社会科教室及びその標本室または準備室を設置することを求める要求はこれを取り上げることができないとの判定を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、愛知県立佐屋高等学校の教諭である原告が、被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条に基づき、同高等学校に社会科教室及びその標本室または準備室を設置することを求める措置要求をしたところ、被告がこれを取り上げない旨の判定をしたため、その判定の取消を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の経歴等

原告は、昭和五七年四月、愛知県公立学校教員に任命された者である。

原告は、平成元年四月に愛知県立佐屋高等学校教諭に補され、同高等学校(以下「佐屋高校」という。)において現代社会及び日本史を担当して現在に至っている。(〈証拠略〉)

2  原告の措置要求

原告は、地公法四六条に基づき、平成三年一〇月一二日付で、被告に対し、「佐屋高校鈴木校長あるいは愛知県教育委員会は、佐屋高校に社会科教室及びその標本室あるいは準備室を設置すること。」等を内容とする勤務条件に関する措置要求をした(以下右措置要求を「本件措置要求」という。)。

原告は、本件措置要求の中で、その理由として、〈1〉現在佐屋高校には社会科教室が設置されておらず、社会科の教諭である要求者は、日々の授業及び勤務に多大な支障をきたしている、〈2〉「高等学校設置基準」(昭和二三年一月二七日文部省令第一号、以下「設置基準」という。)一九条一項三号において「社会科教室及びその標本室」の設置が義務づけられているにもかかわらず、その設置がないばかりか他の施設との兼用すらなされていないと述べている。(争いがない。)

3  被告の判定

被告は、平成三年一一月二八日、原告の本件措置要求に対して、「要求者の要求は、これを取り上げることができない」との判定を下した(以下「本件判定」という。)。

その理由は、社会科教室等の教育にかかわる施設を設置するかどうかは、愛知県教育委員会が教育行政上の見地から判断すべきことであって、措置要求の対象とはならないというものであった。(争いがない。)

二  争点

1  原告の主張

本件判定を違法とする理由は次のとおりである。

(一) 地公法四六条は、職員が給与、勤務時間、その他の勤務条件に関し人事委員会又は公平委員会に対して措置要求ができると定めているところ、同条にいう勤務条件とは、同法二四条六項にいう職員の勤務条件、同法五五条一項にいう職員団体との交渉の対象となる勤務条件と同じ意義であって、労働関係法規において一般の雇用関係についていう労働条件に相当するものであり、職員が地方公共団体に対し、勤務を提供するについて有する諸条件で、職員が自己の勤務を提供し、またはこの提供を継続するかどうかの決心をするにあたり、一般的に、当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するものである。

したがって、この範囲はかなり広く、給与(給与ベースの改定、給料額の不均衡是正、昇給の実施、各種手当の増額、支給を受ける者の範囲の改善等)、勤務時間(勤務時間の短縮、勤務時間の割振り、休息及び休憩時間等)、その他休暇、執務環境の改善等多種多様なものが含まれるのであって、同法五五条三項にいう管理運営事項であっても、同時に職員の勤務条件に関係する事項については措置要求の対象とすることができるというべきである。

(二) 原告の本件措置要求事項は、以下の理由により、措置要求の対象となるべき勤務条件に含まれるというべきである。

(1) 教師の勤務の中心は、生徒に対する教育と指導であり、教育と指導の場として普通教室はもちろん特別教室・図書室・体育館等が設置されており、それらの学校内の施設において教師の勤務のほとんどが提供される。つまり校舎・教室・教具などは、教育労働の外面的執務環境であって、教職員にとっては教育条件が同時に勤務条件となるのである。

したがって、教員室(職員室)や休養室、あるいは喫煙コーナーやトイレのように、労働安全衛生等の観点から明確に勤務条件となる施設設備だけでなく、授業を始めとする教育を実施する施設、つまり教員が勤務を提供する施設である教室(普通教室及び特別教室)の設置に関することは、教育に関することであると同時に教員の執務環境であって勤務条件となるものというべきである。

(2) ILO・ユネスコ勧告「教員の地位に関する勧告」は、「教育の労働条件は、効果的な学習を最もよく促進し、教員がその職業的任務に専念することができるものでなければならない」(同勧告第八項)と述べている。

また、原告が措置要求した社会科教室及びその標本室は、学校教育法三条を受けた設置基準一九条一項三号にその設置が定められているが、それは教育が一定の水準を維持するためにはそれを備えることが必要であると考えられたからである。

教育上必要であるとして設置基準に定められた施設が、兼用すらされることなく存在しないことは、教員の効果的な学習を促進し教員がその職業的任務に専念することを不可能にしており、教員の勤務条件としても改善を要する問題というべきである。

(3) 設置基準は、高等学校設置に関して教育行政上の基準を定めているものであって、その限りにおいてその基準そのものが直ちに勤務条件であるとは解せないとしても、勤務条件に直接影響を与えるばかりか、勤務条件そのものとなり得ている基準も多く存在するのである。

原告の前任校である愛知県立名古屋西高校には、社会科教室及び準備室、さらに標本室が設置されており、原告は、普通教室と同程度の割合で社会科教室において授業をし、常駐ともいえるほど社会科標本室で分掌や教材研究等の勤務を行っていた。社会科は元来、地図帳や資料集、年表や参考文献など資料や標本を多く用いる教科である。とりわけ原告は、自ら所有する何百冊もの図書や百巻を超えるビデオテープ教材を利用して、特別教室において講義のみに終わらない教育実践を展開してきた。

しかし、佐屋高校では、それらの施設が全く存在しないため、地図帳や資料文献あるいは作業に要する物品等の保管から普通教室への運搬まで、相当な重労働を余儀なくされている。また、物理的な資料や物品の保管・運搬以外でも、視聴覚機器の利用とその準備授業内外にわたる諸作業、休憩時間等における休息、休憩など、社会科教室及びその標本室あるいは準備室が存在しないことにより、原告の勤務条件は劣悪な状態に置かれている。

このように、社会科教室及びその標本室あるいは準備室の設置は、原告が社会科の授業やその準備等の勤務を行ううえで必要不可欠な施設であり、教育行政上設置されるべき施設に係わる教育条件であると同時に、教員が勤務するについて極めて重要な執務環境として正に勤務条件にも該当するといわなければならない。

2  被告の主張

(一) 地公法四六条による措置要求は、地公法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、争議行為を禁止し、また、労働委員会に対する救済申立ての途を閉ざしていることに対応し、これらの代償の一つとして認められたものであり、地公法五五条一項にいう団体交渉と並んで地方公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件の決定を補完する制度である。

したがって、措置要求の対象となる勤務条件は、地公法五五条一項に規定される団体交渉の対象となる勤務条件と同義であり、具体的には、職員の労働組合の団体交渉事項として規定されている地方公営企業労働関係法七条各号に掲げられている事項がその勤務条件に相当するものと考えられる。

(二) ところで、地公法五五条三項及び地方公営企業労働関係法七条ただし書によれば、管理及び運営に関する事項(以下「管理運営事項」という。)は団体交渉の対象とすることができないと規定されている。

右にいう管理運営事項とは、地公法に即していえば、一般的には地方公共団体の機関が、その職務・権限として行う地方公共団体の事務の処理に関する事項であって、法令、条例、規則その他の規定及び議会の議決に基づき、地方公共団体の機関が自らの判断と責任において処理すべき事項をいうものと解され、地方公共団体の組織に関する事項、行政の企画、立案及び執行に関する事項、財産または公の施設の取得、管理及び処分に関する事項等はこれに該当するものである。

そして、管理運営事項が団体交渉の対象とならないとされている理由は、このような事項については法令に基づき地方公共団体の機関が自らの判断と責任において処理するように定められているものであり、これを職員団体と交渉して決めるようなことは、法治主義に基づく行政の本質に反することとなるためであり、構成員の経済的利益の維持改善を目的とするような私的利益を追及する職員団体が、公的な行政に介入することを許さないとするところにある。

したがって、このような管理運営事項についての最終的な判断は、権限ある機関が自ら行うべきものであり、他の機関の指示や勧告等によって影響を受けるべきものではないから、管理運営事項は、地公法四六条の規定による措置要求の対象からも除かれるべきである。

(三) 教育委員会は、学校の設置、管理及び廃止に関する事項を始めとし、学校の組織編制、教育過程、学習指導等に関する事項、さらには校舎等の設備の整備に関する事項など学校に対し包括的な管理権限を有し(地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)二三条)、更に、地教行法三三条において、学校等の教育機関の設備、施設、組織編制、教育課程など学校等の教育機関の管理運営の基本的事項につき、教育委員会規則を定めるものとされている。

ところで、原告が設置要求した社会科教室及びその標本室あるいは準備室のような学校教育に直接係わる施設の設備については、原告の主張するような肉体的負担を伴うことがあるとしても、それ自体、当該学校の設置目的、教育目標、さらには当該学校の組織編制、教育過程、学習指導のあり方等教育内容と密接に係わることから、教育行政の専門機関である教育委員会が、当該教育行政上の観点から専権的に判断すべき事柄、すなわち管理運営事項に該当し、人事委員会が介入すべき事項ではないというべきである。このことは、設置基準一九条一項ただし書が「やむを得ない場合で教育上支障のないときは、一つの施設をもって二つ以上に兼用することができる。」旨規定し、教育に直接係わる施設については、当該高校の教育目的を全うするという教育上の見地から、教育委員会または学校当局に、施設の兼用の可否についての判断権能を付与していることからも明らかである。

(四) 地公法四六条は、職員の個々具体的な勤務条件の維持・改善を認める制度であり、地方公共団体の当局が法令に基づき自らの判断と責任において自主的に処理すべき管理運営事項そのものをその対象とすべきものではない。

本件では、管理運営事項そのものである施設の設置要求でなければ自己の勤務上の支障の改善ができないものではなく、個々具体的な勤務上の支障の改善要求(例えば、教材を運搬するのに必要な台車の購入及び設置)という方法があるのであるから、管理運営事項そのものに対する措置要求を認める必要はないというべきである。

第三争点に対する判断

一  措置要求制度について

1  措置要求制度の趣旨

地公法四六条の措置要求制度は、同法が職員に対し労働組合法の適用を排除し、団体協約を締結する権利を認めず、争議行為を禁止し、労働委員会に対する救済申立の途を閉ざしたことに対応し、職員の勤務条件の適正を保障するため、職員の勤務条件につき人事委員会又は公平委員会の適法な判定を要求しうべきことを職員の権利ないし法的利益として保障する趣旨のものと解すべきである(最高裁判所昭和三六年三月二八日民集一五巻三号五九五頁)。

すなわち、勤務条件に関する措置要求の制度は、職員が、労働基本権を制限された代償として、職員としての地位に基づいて有する職員の勤務条件の維持改善その他の経済的地位の向上を目的として適法な判定を要求することを職員の権利として保障したものということができる。

2  措置要求の対象

地公法四六条は、措置要求の対象を「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件」と規定しているが、これは同法五五条一項の団体交渉の対象事項として定める勤務条件と同一の用語であり、同じく国家公務員の労働基本権の制限に対する代償措置として設けられている国家公務員法八六条の俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関する行政措置要求の規定とも同義であると解されるので、職員が地方公共団体に対し勤務を提供するについて有する諸条件で、職員が自己の勤務を提供し、又はその提供を継続するか否かの決心をするにあたり、一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項であるものを指すと理解することができる。

そして、具体的には、給与、勤務時間、休暇以外に旅費の種類、金額及び支給条件の改善、執務環境の改善、採光及び換気施設の改善、庁舎の拡充、地公法四五条一項、三項に定める以外の公務災害補償に関する事項などがその対象として考えられる。

3  管理運営事項による制約

職員団体と当局との交渉に関し、地公法五五条一項は、「職員の給与、勤務時間その他勤務条件に関し、及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る」事項を職員団体との交渉の対象とする旨、同法四六条におけるのと同様の文言を使用する一方、同法五五条三項は、「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。」旨を規定していること、また、同様の規定が、国家公務員法一〇八条の五第一項と三項に置かれていること、そして、国または地方公共団体が法律または条例に従い行政事務を執行しなければならない立場に置かれているものであることに照らすと、労働基本権に対する代償としての措置要求についても、当局の管理運営事項に関する事項は、措置要求の対象から除外されているものと解するほかはない。

したがって、地方公共団体が、法令に基づき自らの責任と判断において自主的に処理すべき予算執行権、人事権等の管理運営事項は、措置要求の対象とはならないというべきである。

4  措置要求事項と管理運営事項との関係

ところで、職員の勤務条件の維持改善には、多かれ少なかれ予算の執行、人事権等の管理運営事項が関連してくることは見やすい道理であるから、措置要求事項が管理運営事項に関連する場合は、すべて措置要求の対象とならないと解することは、労働基本権の代償として認められた措置要求制度の趣旨を没却するものであって許されない。

したがって、地公法四六条と同法五五条三項とをそれぞれの制度の趣旨に従って合理的に解釈するときは、措置要求事項が管理運営事項に関連する場合であっても、それが個々の職員の具体的勤務条件に関する側面から、その維持改善を図るためになされたものである限り、措置要求の対象とすることは許されると解するのが相当である。

その結果、地方公共団体の当局が管理運営事項について何らかの措置を執らざるを得なくなったとしても、それは管理運営事項それ自体を措置要求の対象としたわけではないから、管理運営事項は措置要求の対象とならないとする原則に反するとはいえないというべきである。

二  右の見地から、本件措置要求の適否について検討する。

1  前記争いのない事実及び(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、平成元年四月から、佐屋高校教諭として同高校において現代社会及び日本史を担当しているが、同高校には社会科教室及びその標本室あるいは準備室は設置されておらず、他の部屋との兼用ともされていないため、その設置を求めて本件措置要求に及んだものである。

(二) ところで、地教行法二三条は、学校その他の教育機関の設置、管理及び廃止に関する事項、学校の組織編制、教育過程、学習指導等に関する事項、校舎その他の施設及び教具その他の設備の整備に関する事項などを教育委員会の職務権限とし、また、同法三三条は、教育委員会は、学校その他の教育機関の施設、設備、組織編制、教育課程など学校その他の教育機関の管理運営の基本的事項につき、教育委員会規則を定めるものとし、地方公共団体の設置する学校その他の教育機関の管理及び執行につき、包括的な権限を教育委員会に対して付与している。

また、原告が本件措置要求において設置を要求した社会科教室及びその標本室は、学校教育法三条の規定を受けた設置基準一九条一項三号にその設置が定められているが、同基準二条には、都道府県教育委員会は、普通科、農業に関する学科、水産に関する学科、工業に関する学科、商業に関する学科もしくは家庭に関する学科を置く公立高等学校以外の公立高等学校または二以上の学科を置く公立高等学校の編制及び整備について、この規定が適用されずまたはその適用が不適当と認められる事項については、この省令に示す基準に基づいて、必要な定めをなすことができると定められている。

そして、右のような法令の規定を勘案すれば、本件措置要求の対象である社会科教室及びその標本室あるいは準備室の設置は、佐屋高校を所管する愛知県教育委員会(以下「県教委」という。)の管理運営事項に該当することは明らかである。

2  そこで、右認定事実に照らし、本件措置要求事項が地公法四六条所定の具体的勤務条件にあたるかどうかについて更に検討する。

(一) 原告が佐屋高校において現代社会及び日本史を担当していることは前記認定のとおりであるから、同高校において社会科教室及びその標本室あるいは準備室が設置されているかどうかは、原告の日常の執務環境に密接に係わるものであることは明らかである。

そして、佐屋高校において日々現代社会及び日本史を生徒に対して教育している原告にとって、社会科教室及びその標本室あるいは準備室が設置されるかどうかは大きな関心事項であり、その設置がなされることにより原告の執務環境が改善されるであろうことは容易に推認することができるから、佐屋高校に社会科教室及びその標本室あるいは準備室が設置されるかどうかは、原告が佐屋高校において継続的に教諭としての勤務を継続するかどうかを決意するにあたり、考慮の対象となる利害関係事項に該当し、日々の労務の提供に関連した具体的勤務条件性を具備するというべきである。

(二) また、原告が本件措置要求の中で、社会科教室及びその標本室あるいは準備室の設置がないことにより、社会科の教諭である原告が日々の授業及び勤務に多大な支障をきたしている旨主張していることは前記のとおりであり、本件措置要求が右のような原告の日々の勤務における障害を除去しその具体的勤務条件を改善することを目的としてなされたものであることも明らかである。

(三) したがって、本件措置要求事項は、原告の具体的勤務条件に関する側面から、その改善を図るためになされたものであるから、地公法四六条所定の具体的勤務条件に該当し、措置要求の対象となるといわざるを得ない。

3(一)  被告は、本件措置要求事項は施設の設置という管理運営事項そのものであって、このような管理運営事項についての最終的な判断は、権限ある機関(本件の場合は県教委)が自ら行うべきものであり、他の機関(本件の場合は人事委員会)の指示や勧告等によって影響を受けるべきものではないから、本件措置要求事項は、地公法四六条の規定による措置要求の対象から除かれるべきであると主張する。

しかし、職員の具体的勤務条件の維持改善に予算の執行、人事権等の管理運営事項が関連してくることを避けることができないのは前記のとおりであって、もし仮に県教委の管理運営事項について人事委員会の勧告による影響を及ぼすことが全く許されないと解するならば、地公法四六条に規定された措置要求制度が全く有名無実化してしまうことは明らかである。

かえって、地公法四六条の趣旨は、勤務条件に関する措置要求を審査する人事委員会は、平素から、各種の措置要求についての審査のみならず、職員の様々な勤務条件にかかわる人事行政の研究、調査、企画、立案と報告及び勧告等についての職責を担っている専門機関であるから、人事委員会が、職員の具体的勤務条件に関し、情勢適応の原則、均衡の原則等の法律上の諸原則に照らして適正な勤務条件のいかんを判断して判定を行い、それに基づいて、地方公共団体の他の機関の権限に属する事項について当該機関に対して適切な措置をとるよう勧告した場合には、勧告を受けた機関がこれを可能な限り尊重すべき政治的、道義的責任を負うこととして、職員の具体的勤務条件の維持改善その他の経済的地位の向上と法律または条例に従い行政事務を執行しなければならないとする原則との調和をはかったものと理解するのが相当である。

したがって、被告の右主張はこれを採用することはできない。

(二)  また、被告は、本件では、管理運営事項そのものである施設の設置要求でなければ自己の勤務上の支障の改善ができないものではなく、個々具体的な勤務上の支障の改善要求(例えば、教材を運搬するのに必要な台車の購入及び設置)という方法があるのであるから、管理運営事項そのものに対する措置要求を認める必要はないと主張する。

しかし、既に述べたように、地教行法二三条は、教具その他の設備の整備に関する事項をも教育委員会の職務権限としているのであるから、被告の指摘するような台車の購入一つを取ってみてもやはり教育委員会の管理運営事項に含まれることになるのであって、社会科教室及びその標本室あるいは準備室の設置要求は教育委員会の管理運営事項そのものであるが、台車の購入は管理運営事項そのものではないとする被告の主張は採用し難い。

両者の相違は金額の多寡、すなわち大きな管理運営事項か小さな管理運営事項かにあるにすぎないのであって、その相違如何によって措置要求の対象となるかどうかを判断することは、地公法四六条の解釈として採用することはできないというべきである。

三  本件判定の違法性について

右に述べた見地から本件判定の違法性の有無を検討すると、本件措置要求事項が措置要求の対象となることは既に述べたとおりであるから、その余地がないことを前提としてなされた本件判定には瑕疵があり、取消を免れない。

四  結論

よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 潮見直之 裁判官菱田泰信は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 福田晧一)

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